村上の千年鮭 きっかわ

きっかわについて

きっかわの歴史

新潟県村上市は千年前の平安時代にはすでに鮭の加工品が租税として都に納められていたことが古文書に残されているように、古くから鮭の町として知られてきました。また、今から230年前には村上藩士青砥武平次(あおと ぶへいじ)が鮭の回帰性に着目し、世界で最初の鮭の増殖に成功。そのおかげで回帰する鮭は年々増加して村上藩の財政を潤し、鮭の食文化の基礎が形づくられました。現在でも村上には百種類以上もの鮭料理が伝承されており、日本一の鮭の食文化を誇っております。きっかわではこの平安時代から歴史のある鮭食文化に基づいてきっかわで製造している商品群を、「千年鮭」と商標登録いたしました。鮭への感謝と慈しみの精神を大切に、化学調味料や添加物を使用せず江戸時代より弊社に伝承されている技と心で鮭を調理し、健康に役立つ本物の味の商品造りに精進しております。また新しい時代に即した、洋風鮭料理のブランド「Madam Kikkawa」も発表しております。

沿革

1626年(寛永3年) 現在と同所在地にて米問屋を創業。
1690年(元禄5年) 醤油製造業を併設。
1850年(喜永3年) 酒造業を開設(銘酒 松の露)。そのかたわら珍味として「鮭の酒びたし」「鮭の飯寿司」
「鮭の塩引き」の製造販売を併設。
1945年(昭和20年) 終戦の為行政指導により酒造業を廃止、企業統合により、大洋酒造(株)を創立し、酒類の小売業 吉川酒店を開業。この酒と鮭珍味の小売業のかたわら、先々代の吉川豊蔵が当時のインスタントブームの中、村上の伝統の鮭料理が急速に作られなくなってきたこと危惧し、各地で講習会を開き鮭料理の伝承に尽力。
1960年(昭和35年) この頃より上記の珍味類に加え、当時社長の吉川寛治(現会長)が、化学調味料や添加物を使用しない本物の味づくりを追究し、鮭の粕漬など調理加工品のアイテムを拡充させる。
1971年(昭和46年) 有限会社 きっかわ法人成。
1980年(昭和55年) この頃より県内外の百貨店に売場を開設。2002年までに大丸東京店、阪神梅田本店、近鉄阿倍野本店、Cocolo長岡、Cocolo新潟、スズラン前橋店等に売場を開設する。
その他、日本橋高島屋、新宿伊勢丹、東武池袋、東急東横店、名古屋三越、福岡三越等の全国銘産品等のコーナーに出店。
1981年(昭和56年) 商号を味匠 喜っ川に指定。
1982年(昭和57年) 日本パッケージング展包装部門賞受賞(日本) 国際広告賞「クリオ賞」
ベストスペシャル包装部門賞受賞(ニューヨーク)
1983年(昭和58年) 国際パッケージデザインコンベンション最優秀賞受賞(ニューヨーク)
1998年7月(平成10年) 今後のきっかわの方向性を、地域全体の活性化による地域貢献と位置付け、当時の専務取締役吉川真嗣(現社長)が「村上町屋商人会」を設立。本業と町の活性化を同時併行で推進しはじめる。
1999年6月(平成11年) きっかわの近代的な店舗であった本店を保存古材の再利用で江戸風に改修。
2000年(平成12年) この頃より、町おこしと併行して一段ときっかわの鮭製品のテレビ雑誌取材が増え、村上の鮭の存在を全国的にピーアールすることに尽力。
2000年3月(平成12年) 「町屋の人形さま巡り」や「町屋の屏風まつり」等の数々のイベントプロデュースにより、年間十数万人の観光客増となり、従来にない客層の広がりが出てきはじめる。
2003年(平成15年) インターネット通信販売開始。
2004年(平成16年) 当時専務取締役の吉川真嗣(現社長)が、城下町村上の景観・町屋の再生等、諸々の活動を通じ地域の活性化に貢献したとして、国土交通省観光カリスマ100選に選定された。
2015年(平成27年)9月 これまで和の鮭料理の商品展開だったところへ、「鮭のクリームスープ」や「鮭の生ハムマリネ仕立て」、「スモークサーモンのポタージュ」等の洋風鮭料理のアイテムをラインナップした新ブランド「Madam Kikkawa(マダムキッカワ)」を発表、スタートさせる。
2015年(平成27年)12月 「千年鮭」として村上の鮭をリブランディング。産経新聞甲信越版と新潟日報で、初の一面広告(「千年鮭」は商標登録)。
2016年(平成28年) 江戸寛永年間の米問屋から数えて、創業390周年。
同年、有限会社から「株式会社 きっかわ」へ変更。